タイ・イサーン記  9

スリンの夜

 

豊胸剤

ホテルの男に、

「これを買いたいのだけど」

と娘に頼まれた豊胸剤のカタログを示すと、

「付いて来い」

と先に立って歩き出した。

ところが、近くの薬局には売ってない。

男はむきになって、4、5軒連れ歩いたが、結局、何処にも無い。

発癌性が云々され発売禁止になって何処にも置いてないのだ。

 

近くの店で、手真似で、ご飯と野菜を指差して、

「野菜炒めを作ってくれ」

が通じない。

おばさんが「一寸待って」と言うように外に出て、

30がらみの女を連れてきた。

「What?」

「これとこれで..」

と言い掛けたら、

「あんた、日本人?何が欲しいの?」

一寸、抑揚がおかしいが上手な日本語だ。

「ああ、野菜炒めね」

「通訳して上げる」

と座り込ん話し掛けてきた。

「私、日本に三年も居たのよ、エバラギの方だけど」

明るくて、人が良さそうだ。

付いて来た可愛い犬が三匹彼女の足元にじゃれ付く。

「良い犬ですね、タイでは幾らぐらいするの?」

「これは只、こっちは1200bと2500b」

血統の良さそうな犬だ。

と、彼女が大声で通りの方へ声を掛けた。

「あれが、私の主人よ」

と手招きする。

実直そうな亭主だ、 完全な奥さんペース。

「今日は何処へ行ってきたの」

から始まって、近辺の遺跡の話になる。

「タクシーが1200b、高い、高い、500bだよ。

私、2台、車が有るから、明日、何処かへ連れて行って上げるョ」

「残念、もう、明日の切符を買ってしまったんだよ」

本当に残念だ。

 

「じゃー、今夜は美味しい店に連れて行って上げるよ。

私の家は直ぐ隣だから、一寸、寄ってョ、教えてもらい事が有るのョ」

彼女の家は一軒置いて隣、 アルバムを沢山持ってきた、

日付を見ると、00年から’00年頃だ。

水商売をやっていたらしい。

名刺をゴソリと並べた。

「この人に電話したいのだけど、漢字読めないのよ」

電話番号が漢数字で書いてある。

チラリと見ると、「大日本○○○会」の肩書き、明らかにその筋の人だ。

「この人ヤクザ、でも、とってもいい人、とっても可愛がって呉れたヨ」

 

通りに面した店の中はアルミ製の窓枠、店頭用の飾り棚でゴチャゴチャしている。

 

 

アルミサッシの組立て販売が商売らしい。

「こういうのを日本に売りたいのヨ」

「今、日本は不景気だから、もう一寸待った方が良いよ」

余り商売もうまく行ってるようでも無い。

大きな中国人男女の写真が掲げて有る、

「これは彼の両親、でも彼は中国語話せないのヨ」

 

電池が買いたい、と言うとカメラ屋まで案内してくれた。

「じゃー、今夜7時に店に来てネ」

 

 

車で案内されたのはスリンで二番目という中華料理店、楽団演奏付きだ、

真ん中で奇麗な女が歌っている。

魚、鱶鰭スープ、等々美味しそうなものが沢山並ぶ。

残念ながら相変わらず食えない。

 

 

彼女が、100b札をもって楽団に歩み寄る、

「日本の歌をリクエストして来たヨ」

北国の春、スバル等、4、5曲やってくれた、仲々上手な歌と演奏だ。

えらい御馳走になってしまった。

 

「カラオケに行こう」

と言い出した。

彼は酒は一滴も飲まない、彼女の方は結構いける。

カラオケはお付き合い程度しかやらないが、余り歌い慣れている曲は無い。

北国の春、酒よ、横浜たそがれ..

 



 

飲んでいる内に、えらい事になってしまった。

明日の切符を取り上げられてしまったのだ。

「明日は、コラートまで送って上げるからネ。

0kネ。 130k位だから、あっと言う間ヨ。

あした達、お店はお休みにするヨ。

内の旦那さん、まだピマーイに行ってないから行きたいんだって」

ピマーイは、私の今回の計画で、あと一つ残っている遺跡だ。

 

ホテルに戻ると、1時半、今回の旅の唯一の夜遊びとなった。

 

つづく

 

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